2019年5月、改正労働施策総合推進法が成立しました。

企業に対し職場内でのパワーハラスメント行為を防止する取り組みを義務化する法律で通称パワハラ防止法と言われています。

2020年6月には大企業を対象に施行されましたが、2022年4月には中小企業にも施行されます。

今回はこのパワハラ防止法について説明していきたいと思います。


パワーハラスメントと判定される条件

厚生労働省の資料では職場環境におけるパワーハラスメントは「①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもの」この3つの要素を全てみたすものとあります。

噛み砕いて説明すると「どの立場の人が(誰が)」「業務に必要なことか否か」「(何をして)労働者の業務に支障をもらたしたか」という部分に着目して判断されます。

この3つの要素それぞれにおいて下記の条件を満たしたものをパワーハラスメントと認定します。それぞれの項目を見ていきましょう。


「優越的な関係を背景とした言動」とは

優越的な関係とは簡単に言えば対象者が職務上の地位や立場が強い強者と弱者の関係性のことを指しています。

どのような立場の者が優越的な立場となるのか、以下を見てみましょう。


職務上の地位が上位の者

一番わかり易い例として上げられるのが上司・部下の関係です。

命令に従う必要がある以上理不尽な言動をされても中々嫌とは言えないものです。

また自分が評価を受ける立場であればなおさらです。


業務上必要な知識や豊富な経験を有しており、当該者の協力を得なければ業務の円滑な遂行を行うことが困難であるもの

職場では誰でもできるような業務だけではなく、他に代わりが効かない専門性の高い業務も存在します。

このような立場の労働者は、たとえ上司・部下の関係性がなくとも希少性が高いことで職場内でも強者となりえる立場にあるといえます。

仮に専門性の高い業務を行う労働者が自分が辞めたら困るのを理解している状態では例え上司であっても逆らえない状態になる可能性があるためです。


同僚又は部下からの集団による行為で、これに抵抗又は拒絶することが困難であるもの

たとえ上司であっても常に強者であるとは限りません。個々での立場は上司が上かもしれませんが、相手が集団となれば状況が変わることもあります。

例えば上司が気に入らないからと部下全員で示し合わせて、上司に対し嫌がらせなどを行うなどです。この状態ではいくら上司と言えどもどうすることもできません。

これは学校などでのいじめと構造が似ており、集団の力はときに恐ろしいものになります。

この場合は上司・部下の関係性だけでなく同僚同士などにも同様のことが起こりえます。


パワハラの加害者となるのは上司だけではなく誰でもなり得る

上記から見ても分かる通りパワハラは上司・部下の関係性だけでなく様々なシーンで起こり得ますので、職場で働く労働者全員がパワハラの加害者となる可能性があります。

また加害者側が優位性があるということは、被害者側が我慢をする可能性が高いため表に出づらいということでもあります。

ですがそのまま放置していけば、被害者側から訴えられたり、最悪のケースの場合自殺ということも考えられます。

そうならないためにも企業側は防止策をきちんと取る必要があります。


「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」とは

「業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの」とは「業務のために必要ではない言動」や「業務のためとはいえ常識を超えた言動」のことです。

業務のために必要なのかどうかは、業務内容や環境、労働者自身の情報(経験年数・年齢などの属性や心身状態・問題点等)など個々の状況によって変化します。

これらの要素を全て調べ総合的に判断をする必要があります。

そのためにはパワハラを受けたとされる被害者だけでなく、パワハラをしたとされる行為者、その周りの関係者からも聞き取りを行い客観的に判断を行います。

その結果を踏まえ、防止に向けた取り組みや教育などを行っていきます。


「労働者の就業環境が害されるもの」とは

「労働者の就業環境が害されるもの」とは簡潔には「労働者がされた嫌なこと」と解釈することができます。

労働者の就業状況が害される状況として大きく分けて6つに分類されています。

それぞれの分類について具体的に見ていきましょう。


1.身体的な攻撃

身体的な攻撃は文字通り相手に暴行・傷害行為を行うことを指します。

殴る・蹴るはもちろん、物を投げたりすることで相手に怪我をさせることも身体的な攻撃に当たります。

仮に怪我を負わなかった場合でも、相手を小突いたり書類を投げつけたりなども身体的な攻撃となります。


2.精神的な攻撃

精神的な攻撃は言葉や行動で相手を精神的に追い詰める行為を指します。

「頭が悪い」「性格が悪い」など相手の人格を否定するような言葉や「女はだめだ」「男のくせに」など性別を絡めて相手を侮辱したり、性的指向などでからかうなども精神的な攻撃にあたります。

また周りに他の労働者がいる中で大声で怒鳴ったり、必要以上に長時間叱責したりなども該当します。

それ以外にもメールを使用した侮辱や人格否定なども対象となります。


3.人間関係からの切り離し

気に入らない労働者に対して、理由もなく別室で隔離させるなど孤立化させる行為がこれにあたります。

また集団で特定の労働者を無視する行為もこれにあたります。


4.過大な要求

特定の労働者に対して明らかに不可能な量の業務を要求することを指します。

また業務とは関係のない私的な雑用を行わせたりすることや、能力が育っていない新入社員に対し、無理難題なノルマを押し付け達成できなければ叱責するなどもこれに当たります。

第三者からみて明らかに無理な難題や数量を、または業務とは関係ない命令を特定の労働者に押し付けることは業務上合理的とはならない可能性があります。


5.過小な要求

4とは逆に特定の労働者に仕事を与えなかったり、能力に見合わない誰でもできる業務をさせる行為がこれに当たります。

例えば営業で優秀な成績を収めていたにもかかわらず、何らかの逆恨みがきっかけで1日中書類の整理のみをさせられ続けるなどがあります。

この場合、優秀な営業であるならば1日中書類の整理のみをさせる行為は業務上合理的とはならない可能性が高いです。


6.個の侵害

労働者のプライバシーを侵害する行為はこれに当たります。

職場外で労働者の行動を監視する行為や、嫌がる労働者のプライベートを詮索しようとする行為そのものがNGとなります。

また労働者の個人情報を本人の許可なく他の労働者に教えたりする行為もこれにあたります。

例えば有給取得についての理由をしつこく問い詰めたり、その内容を周囲に漏らす行為などがあります。


パワハラの境界線

上記のようにたくさんの項目があると自分がパワハラをしてしまうんじゃないかと不安になる方もいるかと思います。

特に上司の立場の方であれば、部下を教育する機会でパワハラと訴えられたりしないかと萎縮してしまう方も多いはずです。

しかし一つ一つのことを見ていくと当たり前のことばかりです。

例えば「暴力をふるってはいけない」「相手を侮辱することはしてはいけない」「プライベートに干渉してはいけない」など、どれも当たり前のことです。

それ以外であれば「部下に適正な仕事を依頼する」「問題があり部下を叱るときは個室で行う」などきちんと相手に配慮していれば何も問題はありません。




法律の施行で中小企業が行うべき対策

2022年4月の改正労働施策総合推進法の施行により中小企業もパワハラを防止するための取り組みが義務化されます。

どのような対策が必要なのか見ていきましょう。


パワハラについての方針の周知・啓発

事業主の考えとしてパワーハラスメントを行ってはならないという方針を明確化させ、就業規則や啓発のための資料を作成し労働者に対して周知を行います。

またパワーハラスメントを行った場合についての厳正な処分方針を打ち出し、周知を行います。

その他にもパワハラを防止するために労働者に研修や講習を行います。


相談窓口の設置

事業主はパワハラが起こった際に当事者が相談しやすいよう対応窓口を設置する必要があります。

また相談窓口の設置にあたり、対応のための記録表・マニュアルなどを作成し適切に対応できるよう準備を行います。

窓口の担当者については対応についての研修を行い環境を整える必要があります。


パワハラが起こった際の適切な対応

実際にパワハラが発覚した際には以下の対応を行います。


1.事実関係の確認

相談窓口の担当者は、まず事実関係の確認を行います。

被害を受けた方のことを考え確認は迅速に行う必要があります。

相談者は心身ともに追い詰められている可能性もあるため聞き取りの際には最新の配慮を行う必要があります。

また事実確認とともにどういう受け止め方をしているのかも注意してヒアリングしましょう。

事実確認の際にはプライバシーが確保できる部屋で聞き取りを行いましょう。

事実確認の際には被害を受けた方だけではなく、パワハラ行為者にも聞き取りを行い、総合的に判断を行います。

両者の主張が一致しないなど食い違いが生じている場合は、当事者に近い第三者からも聞き取りを行い事実関係を深堀りします。

それでも事実関係の確認が困難な場合は、調停の申請を行い第三者機関に紛争処理を委ねることになります。


2.被害を受けた方への適正な措置

両者からの聞き取りによりパワハラの事実が確認できた場合は被害を受けた方に配慮した措置を行う必要があります。

具体的には以下のような取り組みを行います。

・両者の関係改善のため可能であれば窓口担当者を含めて話し合いの場を設ける

・行為者から被害を受けた方への謝罪の場を設ける

・部署異動などの配置転換により両者を引き離す措置

・被害を受けた方の労働環境、不利益に対する回復措置

・被害者の心身不調などへの相談・対応の措置

・調停やその他中立な第三者機関の紛争解決案に従って被害者への対応を行います。


3.パワハラ行為者に対する適正な措置

両者からの聞き取りによりパワハラの事実が確認できた場合は行為者に対し適切な措置を行います。

具体的には以下のような取り組みを行います。

・就業規則などであらかじめ決められた規定に基づき行為者への懲戒・その他の処分

・両者の関係改善のため可能であれば窓口担当者を含めて話し合いの場を設ける

・行為者から被害を受けた方への謝罪の場を設ける

・部署異動などの配置転換により両者を引き離す措置

・調停やその他中立な第三者機関の紛争解決案に従って行為者への対応を行います。


4.再発防止に向けた取り組み

事実関係を行った結果に関わらず、再発防止に向け以下の取組を行います。


・職場内でのパワハラに関する方針・防止に関する啓発などの周知

・労働者に対してのパワハラに関する意識向上のための研修の実施


5.個人情報に関する管理

1~3の措置が必要になった際にはそれに関わる相談者・行為者の情報は慎重に扱う必要があります。

相談の内容や事実確認の際に分かった内容については第三者に秘密とし口外してはいけません。

また窓口の設置の際には秘密が守られていることも同時に周知し、安心して相談できる環境を整えておきましょう。

また相談窓口担当者については事前に研修を行い、プライバシー保護に必要な項目などを把握しておく必要があります。


6.パワハラに関連した労働者に対し不利益な扱いをしてはいけない

パワハラの事実確認の際、協力した相談者・関係者に対して解雇措置を行うなど不利益な扱いをしてはいけません。

またそのような扱いはしないことを資料・研修などを通して周知・啓発も必要となります。

会社の不利益になるからといってそのような対応を行うことそのものが新たなパワハラとなります。


セクハラ(マタハラ)に対しての対応

セクハラやマタハラに関しても男女雇用機会均等法・育児介護休業法によって企業側に防止措置が義務付けられています。

基本的な措置に関してはパワハラと同様のため、相談窓口を一括して担うほうが良いでしょう。

またセクハラやマタハラは異性には相談しにくいため、臨機応変に対応できるように相談窓口の担当者には男女を含めた複数人の設置をしておきましょう。


見て見ぬ振りもハラスメント

自分が直接おこなっていなかったとしても、誰かがパワハラ行為をしていることを認識していた上で見て見ぬ振りをすることは、パワハラを認めていることになります。

かといってパワハラ行為を指摘することで自分もパワハラの標的にされるかもしれないと思う気持ちもわかります。

そんなときは会社に設置されている相談窓口へ相談すると良いでしょう。

相談窓口では相談した内容・誰が相談したのかなどの秘密を守る必要があるため他の労働者に知られることはありません。

また実際に被害にあっている人と一緒に相談窓口へ相談するのもいいでしょう。

労働者個々が勇気を持ってサポートしあうことで、より良い職場環境を作ることができます。